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大阪家庭裁判所 昭和37年(家)3972号 審判 1963年5月07日

申立人 岡本ムメ(仮名)

相手方 岡本顕明(仮名) 外一名

主文

相手方岡本顕明は申立人に対し、昭和三八年五月から毎月末日限り月額四、〇〇〇円宛を申立人住所に送金して支払え。

相手方岡本ゆきに対する申立は却下する。

理由

本件申立の要旨は「相手方両名は申立人とその亡夫岡本伸の養子であるが、申立人は夫死亡後実弟米山九郎方に居住して同人の扶養を受けてきたところ、弟の家計も近時苦しくなつてきたので、扶養義務者である相手方両名より毎月一万〇、〇〇〇円の扶養料の送金を得たい」というのである。

本件の調停は、申立人が遠隔地に居住していることと、相手方が当初より調停に応ずる意思がみられなかつたことにより、回を重ねたものの不成立に終り、審判に移行した。

そこで当庁調査官作成の調査報告書、相手方岡本顕明作成の手紙、岐阜家庭裁判所調査官作成の調査報告書の各記載、関係除戸籍の謄本記載及び本件調停の経過によると次の事実を認めることができる。

一、本件養子縁組と宗門の承継等

申立人とその亡夫岡本伸の間に子がなかつたので、夫婦は伸のめいである相手方ゆきと昭和七年五月四日養子縁組し、次で昭和九年四月二〇日ゆきは相手方顕明と婿養子縁組婚姻をした。伸は大阪市内の○○寺住職をしていたが、師である堤俊英の死亡により寺格の高い××寺住職となり、相手方顕明が養父のあとを継いで○○寺住職となつた。申立人夫婦と相手方夫婦が同居していた期間はこの間僅か二年に満たない間だけであつた。伸は昭和一九年八月二日死亡したので、相手方顕明は当然養子である自分が××寺住職になれるものと期待していたところ××寺法類、檀家総代の反対のために実現せず、そのうち××寺は空襲によつて焼失した。その後申立人は同寺の後任住職にいとこの大野城道を推して他へ再婚したが、××寺再建のためには相当の費用がかかるものと考えて、慣例としての権利金ないし扶養料の話は大野との間にとりきめなかつた。申立人は再婚したものの間もなく離婚し、昭和二五年八月以来、岐阜市の実弟米山九郎方に居住させて貰つている。相手方顕明は○○寺とその兼務寺である△△寺、□□寺の三寺を合せて◇◇寺としてその住職をなし、学校法人○○○○ドレスメーカー学院の理事長をも兼ねている。

二、申立人の要扶養状況等

申立人は六九歳の高齢で、数年前から慢性気管支炎、座骨神経痛を患い、高血圧症もあつて起居不自由の身体である。もちろん稼動能力はなく、財産もない。毎月必要な経費として、岐阜市の基準生活扶助料、衣食住費五、八二六円(これは最低生存費である)と、上記疾病のため医薬費月額二、五〇〇円ないし三、〇〇〇円、通院費一、八〇〇円ないし二、〇〇〇円、あんま代一、五〇〇円ないし一、八〇〇円を要し、雑費を加えると月額一万三、〇〇〇円程度が必要と認められる。このうち五、〇〇〇円は上記××寺の現住職大野城道からの送金によつてまかなわれ、その余の生活費並びに身辺の世話は申立人の実弟米山九郎夫婦に負つている。米山は以前はいわゆる遊廓を経営していたが、売春防止法施行後旅館業に転業したものの、漸次営業不振となり、家族数も多いため生活は楽でなくなり、従つて申立人の生活も窮乏化しつつある。要するに、申立人が現に扶養を要する状態であることは明らかである。

三、相手方らの扶養能力

相手方岡本顕明は寺院納税組合に加入しておらず、その住職としての収入は明らかでない。しかし、相手方顕明は上記のとおり学校法人○○○○ドレスメーカー学院の理事長をしており、年間給与所得一三六万円(税込み)を得ている。この収入をもつて、妻である相手方ゆきと長男顕法(上記学院の嘱託として収入を得ている)及び二男顕生を扶養しているとしても、その生活は相当余裕があるものと認められる。

相手方岡本ゆきは専ら家事に従事し、ゆき自身の資産、収入はないものと思われる。

四、結論

双方の事情が上記のとおりである以上、養子である相手方岡本顕明は養母である申立人を扶養すべき義務があるといわねばならない。相手方顕明は、申立人が岡本家と不即不離にある××寺を自分に継がせることを妨害し、大野城道を一銭の権利金もとらないで住職にさせたとして、今なお申立人に対し強い憤まんの感情をもち、扶養を拒否している。なるほど、養子である相手方をさしおいて、他人を後任住職にしたことは宗門の慣習からいつて異例に属するかもしれないが、それが全く申立人の独断によつてなされたとは言い難いし、後任住職との間に権利金ないし将来の扶養の話合がなされなかつたのも、上記一に認定した当時の事情に徴すれば無理からぬことと考えられる。(上記一に認定のとおり現在は大野住職から毎月五、〇〇〇円の送金を受けている)しかし、申立人の相手方らに対するこれまでの処遇には、養母として十分でない点がうかがわれるし、相手方らが扶養を拒否する感情は理解できないではないがそのために法律上の扶養義務を免れることはできない。ただこれらの事情は扶養額の決定にしんしやくすべきであろう。

以上のすべての事実を綜合考察したうえ、相手方岡本顕明は申立人に対し扶養料として昭和三八年五月から月額四、〇〇〇円宛を送金するのを相当と認める。

なお相手方岡本ゆきには格別の資産収入がなく、扶養能力が十分でないと認められるので、同人に対する扶養請求は却下することとする。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤野岩雄)

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